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小保方氏著『あの日』がいつの日なのか考えてみた

      2016/08/13

STAP細胞発見の記者会見から丸2年が経過した2016年1月29日、奇しくも小保方晴子氏の手記『あの日』が発売となりました。

『あの日』がいつの日を指しているかは小保方氏本人のみぞ知る事実ですが、この著書を手に取る前にみなさんに知っておいて欲しいことが1つあります。

それは、改ざん・捏造と認定されたSTAP細胞論文の責任は、小保方氏だけにあるわけではないということです。

たしかに、STAP細胞の論文が撤回された明確な根拠は2つあり、その2つの根拠ともに小保方氏による粗相です。

論文に掲載した実験結果とは関係のない画像を関係のある画像かのように編集した「改ざん」、博士論文で使用済みの画像をSTAP細胞論文でもコピペして使いまわした「捏造」、この2件が明らかな不正と認定されたために科学誌ネイチャーから論文が撤回されました。

しかし、研究論文とは1人で書くものではありません。研究論文には、研究のアイデアを考える人がいて、実験をする人がいて、実験のデータを解析し、作成する人がいて、論文を書く人がいます。1人で完成できないから研究論文だからこそ、研究者は研究室というチームで研究に取り組むのです。

ですので、論文が撤回された直接的な原因が小保方氏にあっても、それ以外の人にも原因があり、その責任はSTAP騒動の真実が明らかになるまで問われるべきです。

STAP細胞

※STAP細胞に関する論文は「アーティクル」と「レター」の2つの論文がありますが、STAP細胞の作り方について記載した論文は前者ですので、今回は前者の話に限定します。

上記図では、STAP細胞論文の筆者として名前が記載された重要人物を、論文に関わった役割別に並べました。

STAP細胞の研究は、小保方氏、バカンティ氏が考えたSTAP細胞というアイデアを考え、小保方氏と若山氏が実験し、小保方氏と若山氏がデータを解析し作成し、笹井氏、丹羽氏の指導のもと小保方氏が論文を執筆。そして、この研究全体の責任を負ったのがバカンティ氏でした。

研究全てのフェーズに小保方氏が携わっていることからも、論文撤回の責任追求が彼女になされたことは正しい制裁でした。しかし、問題は小保方氏以外の方々に対する責任追及が甘かった点です。ビビアンウエストウッドを華麗に着こなす若き天才女性科学者以外にも制裁すべき人物は、最低でも4人いました。

研究の実験段階からジョインした若山氏は、小保方氏から受け取ったSTAP細胞由来でのキメラマウス作りに本当に成功したのでしょうか?

世間的には、若山氏はキメラマウス作りに成功したけれど、その由来がSTAP細胞でなくES細胞であったので、STAP細胞由来でなくES細胞由来のキメラマウス作りに成功したということで終結しております。

なぜキメラマウスの由来がSTAP細胞からES細胞にすり変わったのかについては、小保方氏がすり替えたという陰謀論で片づけられ、未だに明確な証拠は出てきておりません。

この細胞のすり替わりは論文撤回の直接な理由ではないですが、STAP細胞の存在を台無しにした最上位の証拠です。

STAP細胞の存在の証明には、「キメラマウス」以外にも「Oct4」という万能性遺伝子と「テラトーマ」という良性腫瘍の合計3つの証拠がありましたが、「キメラマウス」という証拠の作製に成功したからこそSTAP細胞論文が世に出たのです。

このような最上位の証拠の存在が陰謀論で片付けられるのは、ただただ残念です。キメラマウス作りの責任者である若山氏には、小保方氏著『あの日』に次いで『この日』の出版を通じた弁明を期待しております。

また、論文執筆の段階からジョインした笹井氏(故)、丹羽氏は、研究よりも政治に興味があったのではないでしょうか?でなければ、記者会見から1週間も経たない時間で改ざん、捏造がバレる画像を査読の段階で見落とすはずがありません。

「iPS細胞よりも簡単にそして効率的に作れるSTAP細胞」というキャッチーなフレーズが並ぶ記者会見での笹井氏のプレゼンテーションは、科学者というよりも政治家という印象を受けました。

あなた方が指導した後輩がiPS細胞をも凌ぐ成果を残せば、莫大な研究費が政府から理研に支給され、理研内での立場も安泰したことでしょう。そんな下心が、発生学、幹細胞学の権威であるあなた方を盲目にしたのではないでしょうか。

小保方氏、若山氏、バカンティ氏ら3人は、2012年に笹井氏、丹羽氏の名がないSTAP細胞論文をネイチャーに投稿した過去があります。結果は、リジェクト。

もちろん、論文が掲載されなかった理由はあなた方の名がなかった以外にも理由はあります。しかし、笹井氏、丹羽氏の名を連ねた新STAP細胞論文が2014年のネイチャーに掲載許可されたことからも、この世界における笹井ブランド、丹羽ブランドの力は絶大だったのでしょう。

小保方氏著『あの日』に次いで、丹羽氏には『その日』の出版で失墜したブランドの建て直しを期待しております。

最後に、バカンティ氏。騒動の真相を明らかにするよりもSTAP細胞の作製に成功させることで、STAP細胞の存在を証明しようとした姿勢は、サイエンティストの鏡でした。

2015年9月に発表した研究は残念な結果となりましたが、STAP細胞論文の撤回を最後まで諦めず、撤回後もその研究に挑む姿勢に敬服します。「絶対にSTAP細胞を再現してください」という笹井氏が小保方氏宛に残した遺書の体現者はなぜかあなたでした。

研究者としてのバカンティ氏にはただただ敬服するばかりですが、指導者としてのバカンティ氏には失望しました。小保方晴子という未熟な科学者を若き天才科学者と仕立てあげた発端はあなたです。

あなたが小保方氏をハーバードのポスドクとして認めていなければ、弱冠29歳にして理研のPIユニットリーダー(大学の准教授クラス)に彼女が選出されることはなかったでしょう。早稲田大学をAO入試で合格し、ハーバードを教授のコネで留学するというご縁に頼りきった彼女の人生に終止符を打つのがあなたの役目でした。

STAP細胞論文において監督責任を問われる立場のあなたには、優秀な研究者であると同時に優秀なマネージャーであって欲しかった。小保方氏著『あの日』に次いで、バカンティ氏には『That day』の執筆をプリーズ。

以上のように、STAP細胞論文を台無しにした明らかな原因は小保方氏ですが、彼女の過失はSTAP細胞の存在の証明において重要ではありません。もちろん、STAP細胞の存在の証明は論文にあり、その論文が取り下げられた以上、STAP細胞はなかったことになりますが。

STAP細胞論文はキメラマウスを作製した若山氏の技術力、ネイチャーに論文を通過させた笹井氏、丹羽氏の論文構成力があっての業績です。小保方氏一人の力ではけっして成し得なかった成果です。手柄は上司、責任は部下というサラリーマン文化を研究の世界に当てはめてはいけません。

小保方氏が考える『あの日』とは、小保方氏のハーバード留学が決まった日でしょうか?ハーバードでの研究に行き詰まり、キメラマウスを作製のために若山氏研の門を叩いた日でしょうか?STAP細胞なるものを若山氏に手渡した日でしょうか?ネイチャーに論文を通すために丹羽氏、笹井氏に指導を仰いだ日でしょうか?まさか

『アレの日』

ではないしょうね?


あの日

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