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【ともっくす】逃げる時には前のめりに!NyasPaper編集長の猫に負けない自由な人生。

      2016/08/13

紙芝居で人生をたどるシリーズ【4人目】

みー
「紙芝居で人生をたどるシリーズ」では、様々なジャンルの人物の人生にスポットを当て、紙芝居形式で送っていく。今回は、我がメディア「NyasPaper」の編集長、ともっくすにインタビューをした。

「ともっくす編集長の写真を下さい!」と頼んだところ、上のような猫の画像が大量に送られてきた。曰く、「俺とご主人のミィさまは一心同体。すなわち、ミィさまの写真は俺の写真と言っても差し支えないのである」とのことである。読者の方々にもご承知頂きたい。

独りが好きな少年

1987年 長崎県諫早市。3人兄弟の長男としてともっくすは誕生した。

少年の頃のともっくすは人見知りが激しく、ゲームや読書をすることが大好きな大人しい少年だった。群れることを好まず、1人でいる時間の方が多かったという。

それは1人でいる時間が好きだということもあったが、気の合うような面白い友達が周りにいないと感じていたからでもあった。

そんな気持ちの強かったともっくすは、大学では地元から逃げ出したいという気持ちを強くしていき、志望校として東京のとある私立大学に狙いを定める。

自分のペースで物事を進めることの方が得意だったともっくすは、大学受験のために授業を無視して自習中心の学習を進めた。

しかし、そのような態度が担任教師の反感を買い、ともっくすを精神的に追い詰めるヤッカミが続くようになったという。

そんな状況だったため、高校を中退して自宅学習で大学受験を目指すことを思い立つも、どうしても勇気が出ずに断念。

結局そのまま大学受験シーズンを迎えた。

受験の結果、教師から半強制的に受験させられた地方国立大学には合格したものの、東京の志望校には不合格。

東京に行くことしか考えていなかったともっくすは、合格校には行かず自宅浪人することを決心する。

その決断に対し、周囲の教師、親戚等からは猛反発を受けた。そんな中、母親だけはともっくすの意見を尊重してくれたこともあり、自分の考えを貫く決心をしたという。

そうして自分の意見を貫き、1年間自主自律して勉強に勤しんだ。その結果、偏差値基準で言えば15ほどの学力アップを成し遂げたという。

 

ペラ

 

 

志望校に落ち、2年間引きこもる

そして迎えた2回目の大学受験。

学力を伸ばし健闘したともっくすだったが、あと一歩及ばずにまたしても不合格。しかたなく、東京にある1ランク下の大学に入学することにした。

その大学は1ランク下とは言え有名な大学だったので、それまで反対していた人間も手のひらを返してともっくすを賞賛した。

しかしともっくす自身としては、第一志望校にもあと一歩で届く学力を持っていると自負していただけに、その賞賛は煩わしい出来事であった。

それら諸々のショックから、大学入学後は家に引きこもり、大学には必要最低限しか行かないという生活を送ることになってしまう。

そんな生活は、なんと2年間も続いたのである。

引きこもり

 

引きこもってお笑いを見てたら、いつの間にか人気者になってた

何かをしたいのに、動けない。

ともっくすは、起きている時間の全てが苦痛で耐えられないほどの鬱状態だった。

そんな苦痛を少しでも和らげるため、ともっくすはテレビやPCでお笑いの動画を見ることに没頭した。

当時の世はお笑い全盛期。お笑いの動画を見ている間だけは、笑って気が紛れたという。

中でも特にハマったのが、伊集院光がパーソナリティを務める深夜ラジオだった。

自虐をネタに変える彼の話術に魅了され、過去の放送まで遡ってネットで漁りまくった。しかも同じ放送回を何度も聞くほどのめり込んだという。

当時ともっくすは、お笑いを聴くことで時間を浪費しているだけだと考えていたが、この期間にともっくすのお笑いの感性が磨かれていった。

家に引きこもってお笑いを見るだけの生活が2年間過ぎ、いよいよゼミに配属される時期となる。

当時の陰鬱とした生活からなんとか逃げ出したかったともっくすは、何か打ち込めるものを欲していた。

そして、いわゆる「ガチゼミ」と呼ばれる忙しいゼミに所属することを決断する。

それまでは暗い性格だったともっくすだが、2年間吸収したお笑いのエッセンスがここで放出されることとなる。

何かをツッコまれたら、瞬時にボケを繰り出す。

何か失敗をした時は、すかさず自虐でネタに変える。

極めつけは、猫好きを全面に押し出したキャラ付けである。キャラを付けることで他人からツッコまれやすくなり、笑いの相乗効果を生んだ。

そしていつしか、「いじられ役」としての確固たる地位を確立し、自分で場の空気を変えられるほどの超能力を手に入れた。

また、ネット上で愛用しているニックネーム「ともっくす」の愛称が生まれたのもこの時期である。この時が、人生で一番の転機になったとともっくすは語る。

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ゼミで編集長になる

すっかりゼミで地位を確立した「いじられの天才」ともっくす。

今度はそのキャラクターを武器に、ゼミ内で分けられた卒業論文執筆班の編集長を務めることとなる。

そして日本各地を飛び回り、数多くの中小企業の経営者へのヒアリング調査を重ね、卒業論文を着々と完成させていった。

ここにNyasPaper編集長として手腕をふるう、ともっくすの原点があったのだ。

interview

 

教授のコネでブラック企業に入社する

卒業研究に1年没頭し、あっという間に卒業の時期が迫ってきた。

周りが就職活動に勤しむ中、ともっくすだけは就活のことなど微塵も考えずに、研究とチームのマネジメントに没頭していた。

その理由は2つあった。

1つ目は、ゼミでの研究が何よりも楽しかったということ。

初めてのことが多く有意義な体験で、ともっくすは自身の大幅な成長を感じていた。今はこの役割を全力で完遂することこそが、自分の将来を大きく変えると直感的に確信していた。

2つ目は、卒業後には就職せずに海外へワーホリ(ワーキングホリデー)に行こうと考えていたということ。

この頃には、人を避ける過去のともっくすは、もう居なかった。ゼミのメンバーや全国の経営者との深い対話をする中で、もっと幅広い人々の考えに触れたいという気持ちがあったのだ。

しかし、通常のレールから大幅に外れたともっくすの選択を見かねたゼミの教授に、コネのある企業へと入社するように説得される。

その企業は、いわゆる優良中小企業と称される企業。全国の企業を調査してきたともっくすから見ても、その条件は決して悪いものではなかった。

それでもワーホリに行きたい気持ちの方が上回っていたが、恩義のある教授の提案をどうしても断りきれず、結局その企業に入社することとなった。

周囲の人達が安堵し祝いの言葉を贈る中、自分ではあまり納得していない選択に胸騒ぎがあったともっくす。

そしてこの予感は的中することとなる。これが、ともっくすがブラック企業に足を踏み入れた瞬間だったのだ。

迷い

 

ブラック企業のブラックな日々

企業に入社した後も、大学時代に身につけたマネジメント能力を発揮し様々なまとめ役を引き受けることになる。

同期内での幹事役、次の新入社員に向けた会社紹介ビデオの総監督、2年目からの2人の部下の教育、新規事業部門の立ち上げ・運営責任者、社員旅行の企画責任者、忘年会の幹事など、自薦・他薦を問わず多くのマネジメントを成し遂げた。それらの業務は有意義でとても充実していたという。

しかし、主幹業務であったプロジェクトマネージャーとしての業務は、熾烈を極めていた。理不尽な業務量と毎日のように振りかかるトラブル対応で、日付が変わるまで残業し、土日にも出勤するような日々が続いたという。

激務の日々で気持ちが沈みがちになっていたともっくすは、2年間ひきこもっていた大学時代の陰鬱が脳裏によぎった。あの頃のような自分には、もう戻りたくない。ともっくすは、早くこの環境から逃げ出さなければと思うようになっていった。

 

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そうだ、ワーホリに行こう!

入社した企業で、大学時代以上のありとあらゆるタイプの人間のマネジメントを成功させたことで、着実に自信がついたことだけはメリットだった。

そして、日本人という国籍の枠を超えた人々への理解を深め、いつかマネジメントも経験したいという気持ちが心の奥底から湧き上がっていた。

その実現のための第一歩として、大学時代にも考えていたワーホリのことが脳裏によぎる。

今行かなければ、きっと後悔する

そう決心したともっくすは、入社3年目の終わりにその企業を退社した。

そしてワーホリへの準備期間として、語学学校へ行くためにフィリピンへと飛んだのである。

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フィリピンはビンボーだけどサイコーだった!

英語を習得するために語学学校に訪れたフィリピン。

国は予想以上に貧乏で、先生達の家でさえも、シャワーからお湯が出ないことが普通であるという事実に衝撃を受けた。

しかしそれを感じさせないほど、フィリピンの人々は明るくてとても面白かった。

ともっくすもそれに感化され、大学時代に築き上げた持ち前の明るさを武器に果敢に先生たち相手に冗談を言っていった。

YesかNoぐらいしか反応できない頃から、何かを褒められればすかさず

Yes, I’m genius!

そして恒例となった猫好きキャラも炸裂した。

I ate a fish yesterday, because I am a cat as you know!

そしていつしか先生達からは、「Genius cat」と呼ばれるようになる。

すると、それまでは先生との間に感じていた距離感がすぐに取っ払われ、ともっくすは一躍人気者になってしまった。

それからというもの、廊下などで出会った際にはハイテンションで絡んでこられたり、レクリエーションの時には真っ先にいじられたりするようになった。

それ以降は「いじられの天才」ともっくすの本領発揮である。

そして最終的には、教科書も進めず先生と2人でひたすら雑談、2人で大爆笑しただけで授業が終わるという異様な授業が普通になっていたという。

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豪州にて、ニュースをピックしたり、イチゴをピックしたり

フィリピンの語学学校での4ヶ月の学習を終え、ワーホリの舞台としてともっくすが選んだのは、南の大地オーストラリアであった。

オーストラリアへ着くと、最初の3ヶ月はブラック企業でたんまり貯めた貯蓄を使って、街をぶらぶらして過ごした。

この3ヶ月の間は、ひたすら経済ニュースアプリNewsPicksで記事をピック(ニュース記事にコメントすること)しまくっていたという。

その後は田舎へと移り、今度は作物をピック(収穫)する生活へと移った。

ニュースのピックや野菜のピックに大忙しで疲労し、筋肉はいつもピックピックと筋肉痛だったという。

 

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NyasPaper編集長に就任。こうしてNyasPaperは始まった!

ニュースのピックをしまくっていると、NewsPicks内で暴れる、顔が五角形の人物が目に付いた。

我がメディアNyasPaper創設の提案者、独苦田亜 須魔亜斗である。

独苦田亜 須魔亜斗はNewsPicks内での異常な猫人気と、それを牽引している猫、ともっくすの存在に目をつけた。

そしてtwitterのDMにて、ともっくすに声がかかる。

 

ねえ!一緒に猫のメディア、創ろうよ!

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こうして誕生したのが、猫のメディアNyasPaperである。

この時からともっくすの、NyasPaper編集長としての飽くなき挑戦の日々が始まったのだ!

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今後の目標は?

地元が嫌だったから、東京へ逃げた。

怠惰な日常が嫌だったから、忙しい環境へ逃げた。

会社が嫌だったから、海外へ逃げた。

どれも言わば「逃げ」ではあるが、ともっくすの心にはいつも「逃げる時には前のめりに」という信念がある。

猫のメディアであるNyasPaperの編集長として2人の部下を束ねる彼の手腕は、この猫のような自由な気質によって裏打ちされた自由な発想によるものであろう。

そんな旅猫、ともっくすに今後の目標を聞いてみた。

 

逃げる度に、僕の人生はどんどん面白くなりました。自分で選択した道だからこそ、その場で頑張れるし、楽しくなるということを僕は知ってしまいました。
安定した人生というものに、僕はもうほとんど興味がありません。人生の破綻覚悟で、ギリギリな道をいかに楽しく歩いていけるかということを今後も追求したいです。そう、バランスを取って狭い足場をひょうひょうと歩いて行く猫さまのように。

 

(文中敬称略)

ともっくす師匠

たまに分離する。

 

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